「自分の市場価値を高めよう」という話が、ビジネス誌や自己啓発書には、溢れている。

だが、「自分の市場価値」の意味を、本当に理解できているか、と言われたら、どうだろう。

 

少なくとも、私は新人時代、まったく理解できていなかった。

 

 

私が駆け出しのコンサルタントだったころ、先輩から渡されたビジネス書の一節に

「自分の市場価値を高める」

という文言があった。

 

だが、「市場価値」というのは、何のことなのか。

私は売りに出ているわけでもないし、価格が決まっているわけでもない。

 

「市場価値」というのは便利な言葉であるが、便利な言葉ほど、理解したつもりになりがちだ。

私は先輩に意見を求めた。

「会社員の「市場価値」って、具体的に何なんですかね。年収とかそういう話ですかね。」

 

先輩は私を一瞥して、首を振った。

「本当にそう思う?」

私は「しまった」と思った。回答が安易だったのかもしれない。

だが、私にいい考えは浮かばなかった。

 

先輩は言った。

「年収は、価値のものさしの一つではあるけど、「市場価値」という言葉を使うなら、「価値」より「市場」のほうが重要。」

「どういうことでしょう。」

 

「「何の市場か」と問われたら?」

「人材とか、会社員ってことでしょうか?」

 

「では仮に会社員の市場、と仮定してみる。市場というのは、当然「売り手」と「買い手」がいる。例えば、売り手が安達さんだったとして、買い手は誰だと思う?」

「……企業ですか?」

 

「抽象的過ぎる。もっと具体的に答えて。」

「……経営者?」

 

「惜しい。正解は「人事権を持ってる人」だ。つまり……安達さんが入った組織の、上司だ。」

「ってことは……」

 

「現実に、会社員の価値、つまり給与は、顧客ではなく「上司の評価」が決めている。」

「それはそうですが……」

「安達さんが会社員である以上、どんなに顧客に褒められても、上司の評価が伴わなければ、安達さんの給与は上がらない。」

 

私は、かろうじて質問だけはできた。

「どの会社でも通用するスキルを身につけろ、って言われてますけど……」

そんなものはない。個別の上司に、個別のニーズがある。「どんな人にも売れる商品」というのがないのと同じ。それくらいわかってて欲しいな。」

 

「ではなぜ、「どの会社でも通用する」なんて言う人がいるんですか?」

「転職の時には「上司になる予定の人」が買い手だから、若干、市場が広がるんだよ。いずれにせよ、会社員は全員、給与を通じて「上司」だけを見る仕組みになってる。」

 

「全員ですか?」

「もちろん、上司も、その上にいる経営者たちの評価を気にしてる。まあ、雇われ社長なら、さらにその上の株主の評価が気になるかな。」

 

「そりゃそうですが。」

「もちろん、転職するときだって「前職の肩書」がものをいう。」

 

「身も蓋もないですね。」

「コンサルティング会社では「マネジャー」をみんな目指すだろう?次の処遇が全く違うからだよ。だから繰り返すけど、「会社員の市場価値」というのは、職場の上司の評価のこと。つまり……」

 

「つまり?」

今の職場で評価が低いと、市場価値が低くなりがちってことだ。転職しても本質は何もかわらない。だから、収入を上げたいなら、上司をよく見ろ。」

 

「上司こそ、会社員にとっての唯一の市場」

私は先輩の話を詭弁だと思った。

だが、考えてみると、合点がいくこともある。

 

私は、先輩に尋ねた。

「すると、私にとっての市場って「マネジャー」と、転職候補の企業での「上司になる予定の人」くらいですかね。ずいぶん小さい市場ですね。」

 

先輩は、即答した。

一人、ないし数名の評価で、「人の価値」が決まる市場で生きているのが、会社員だろ?」

 

私はこの時気づいた。

真に「自由市場」が意味を持つのは、安定した事業を持つオーナー社長だけ。

彼らは、「市場」を自由に選択できる。

 

だが、会社員は「市場」を自らの意思で決めることができない。

要は、運しだい。

最悪、上司の胸三寸で、市場から追い出されてしまう。

 

私は先輩に言った。

「この市場がダメなら、他の市場狙えばいいじゃん、と言える人って、強いっすね。会社員は上司を選べないのがツラい……。」

 

先輩は言った。

「自分で、自由に市場を選びたいなら、独立するしかない。」

 

会社員の市場価値とは、実は「上司を出世させる能力」

私は、皮肉屋の先輩の話を、鵜呑みにはしたくなかった。

 

が、後日、ピーター・ドラッカーの「会社員として成功したいなら、上司を出世させよ」という話を読んだ時に、先輩の話は、ある程度正しい、と認めざるを得なかった。

これは世間の常識である。現実は企業ドラマとは違う。部下が無能な上司を倒し、乗り越えて地位を得るということは起こらない。

上司が昇進できなければ、部下はその上司の後ろで立ち往生するだけである。

たとえ上司が無能や失敗のため更迭されても、有能な次席があとを継ぐことはない。外から来る者が後を継ぐ。その上その新しい上司は息のかかった有能な若者たちを連れてくる。

したがって、優秀な上司、昇進の早い上司を持つことほど、部下にとって助けとなるものはない。

 

ここからわかるのは、次の2点だ。

・会社員として成功できるかどうかは、「上司(すなわち会社員にとっての市場)の評価」次第。

・上司を出世させる方法を考えよ

 

この話は、そのあとの私の「会社員の論理」を考える際の基礎になった。

 

なお、余談だが、少し前、motoさんから「本を出した」と連絡をいただいた。

一通り読んでみたが、私がピンと来たのは、表紙にも書かれているキャッチフレーズ

「目の前の仕事に集中せよ」という話だった。

 

もちろん、世の中には星の数ほどの「クソ上司(市場)」がいる。

この市場がダメだ、と思ったら、ターゲットを変更してもよいだろう。

 

ただし、新しい職場でも、「上司」は同じように重要なのだ。

会社員として成功したいなら、必ずどこかで、会社員の市場たる「上司」を満足させる必要はある。

 

会社員の市場価値とは、実は「その場その場の上司を出世させる能力」なのは、そのためだ。

 

 

最近では、身の回りで副業を開始する人がどんどん増えている。

しかも「能力の高い人」ほど。

 

副業を志向するのは、要するに直接「自由市場」にアクセスしたい人が増えているということなのだろう。

上司は選べないが、副業なら自分で市場を選べる。

 

逆に言えば「市場を選べる立場」、というのは、「上司を選べる立場」と同じ。

大きなパワーなのだ。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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